里親なわたし
里親になって気がついてみるともう5年。里子への想いや親子になるための修行の日々を綴ってみます。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今年はゆーたが小学校に入学する年です。
3月は年度末で寝る時間がなくなるほど仕事が忙しくなるけれど、頑張らねば。
今月は保育園の卒園写真の撮影がある。
スーツでキメちゃう子もいるらしいが、ゆーたは普段着でいいことにする。
入学式用に用意したスーツは半ズボンなので、いくらなんでも寒いから。
この年末年始はゆーたを迎えてから初めて自宅でまったりと過ごした。
昨年までは私の実母のところで過ごしていたのだけれど、5月に実母と決別したので、今後も実母のところへ行くことはない。
ゆーたには「ばーちゃんは病気だから逢えないんだよ」と言い聞かせている。
本当のことを話すのは10年くらい先かなぁ?
ここからは私と実母のことです。
里親里子には関係ありませんので、実親との関係不全に興味がある方のみお読みください。
実母を切り捨てた記録として書き残しておく事にしました。
とっても長い文章ですので お勧めはしません。
実母は私が8歳の時に今の夫と駆け落ち同然に家を出て行った。
以後兄が亡くなり、相続の件で連絡をとるまで何の係わりも持たなかった。
連絡を取った時にはゆーたとの交流がすでに始まっており、実母から「仲良くしよう」と言われたとき私の心にあったのは ゆーたにおじいちゃんとおばあちゃんが出来る だった。
実母がしたことを、実母の夫がしたことを 私は ゆーたを受け入れてくれるなら…全て自分一人で飲み込んでしまう事を選んだ。
実母の夫が駆け落ちの相手である事は知っていたし、父との間に諍いがあったことも知っていたが、知っている事を実母とその夫に告げることはしなかった。
最初は気を使っていた実母の夫だが、2年が経過するあたりになると変わってきた。
一年前に実母が癌の手術を受けた時に、溜まっていたものが噴出したのかもしれない。
実母の手術と術後に付き添うために一週間 私一人で実母のところに滞在した。
私としては実母の看護のために行ったつもりだったが、実母の夫は自分の身の回りの世話を実母に代わって完璧にこなすことを期待していた。
これが私には どうにもやりきれないくらい 苦痛だった。
私と家族の家庭を壊した人の世話を どうして? 要求するの?
2年余りの間の様子から私が何も知らないとでも思ったのだろうか。
実母の夫は、自分たちがいかに仲の良い夫婦だったかを繰り返し私に言い聞かせた。
その上で私たち夫婦を批判した。
「あの男(私の夫)は駄目だ。つまらんヤツだ」
(私の夫は余所の家庭を壊すような事はしません。私にとってはあなたよりずーっと上等な人です)
「私にはとても優しい人です。欠点が無いとは言いませんが、いいところもたくさんあります」
「10年後が不安だから面倒を見て欲しい」
(あなたには実娘がいるじゃない、私とあなたは他人です)
「10年後なんて自分が生きているかどうかも分かりませんから、そんな約束はできません」
( )内は心の声だが、私の受け答え、身の回りの世話を最低限しかしなかったことが気に入らなかったんだろうと思う。
不快感を表すことは抑えたし、実母の看護は充分にしたので 私としてはとやかく言われる筋合いではないと信じている。
その後、年度末に過労死するかと思うほどの忙しさが一段落してから 実母にその後の体調を尋ねる電話をした。
「良くはない」という返事。
良くない というのが気になってゴールデンウィーク前に連絡を入れ「手伝いに行こうか?」と訊いたが「どこにも出掛けずに家で寝たり起きたりしているので、気を使いたくないから来なくていい」と言われた。
夫と相談して様子だけみてすぐに帰ろう ということになり、何かあったら連絡をお願いするつもりで近所の方にもお土産を用意して 300キロ離れた実母のところへ出掛けた。
先ず、近所の方が集まっている公園に行った。
一番の仲良しというお友達に話をしようとすると、その場にいた男性の方から怒鳴り声が聞こえた。
「また来たのか?肝心な時に役に立たん田舎者がのこのこ何しに来た!?ずーっと田舎に引っ込んでろ!!」
明らかに私に向かって怒鳴っていたが、怒鳴られる覚えがないので この時にはまだ自分が怒鳴りつけられたのだと分からなかった。
周囲の人は何も言わない。
私はとにかくお土産を渡し、実母に何かあったら連絡を下さいね、とお願いして公園を出ようとした。
その時夫が「実母さんも夫さんもあそこにいるよ」と言う。
確かに近所の方と一緒に実母夫婦がいた。
体調が悪く、ずっと家にいると信じていたので気が付かなかったのだ。
私は実母にお土産を渡して「帰るね」と言って公園を出た。
実母は「ああ」という返事だった。
実母と別れてから自分が何を言われたのかが分かってきた。
その場にいた実母夫婦は 何も言わずに知らん顔をしていたのだという事も分かった。
実母が周囲の人に私のことをどう説明していたのか…
少なくとも自分が駆け落ちする時に捨てた娘だとは言っていないだろう。
恩知らずの役立たずで、お金の無心に来るとでも言っていたのだろう。
周囲が見かねて怒鳴りつけるくらいだから。
帰りにゆーたが喉が渇いたというので、ファミレスで休憩をとった。
座ってコーヒーを飲もうとした時、喉から嗚咽が漏れた。
どうしようもなく涙と声が出て、止まらなくなった。
ゆーたは驚いて固まってしまっていた。
夫は「連れてきて ごめん 様子を見に行こうって言って ごめん 余計な事して ごめん」
私に謝り続けていた。
それでも、暫くは実母から言い訳の連絡が入ると思っていた。
しかし、何も無かった。待っていた自分が哀れだと思う。
その後、事前に手配していたのでキャンセルも出来ずにいた母の日の贈り物が届いたという連絡が来た。
嬉しいとか、きれいだとか言っていたが途中で会話を遮って「それだけ?じゃあね」で会話終了。
父の日にも同様の贈り物が届いたはずだが、こちらは連絡無し。
そして年末、年始、相変わらず音沙汰無し。
私も連絡を取る気はない。
私にはもう母はいない。
ゆーた、ごめん。ばーちゃんにはもう逢えない。
今年はゆーたが小学校に入学する年です。
3月は年度末で寝る時間がなくなるほど仕事が忙しくなるけれど、頑張らねば。
今月は保育園の卒園写真の撮影がある。
スーツでキメちゃう子もいるらしいが、ゆーたは普段着でいいことにする。
入学式用に用意したスーツは半ズボンなので、いくらなんでも寒いから。
この年末年始はゆーたを迎えてから初めて自宅でまったりと過ごした。
昨年までは私の実母のところで過ごしていたのだけれど、5月に実母と決別したので、今後も実母のところへ行くことはない。
ゆーたには「ばーちゃんは病気だから逢えないんだよ」と言い聞かせている。
本当のことを話すのは10年くらい先かなぁ?
ここからは私と実母のことです。
里親里子には関係ありませんので、実親との関係不全に興味がある方のみお読みください。
実母を切り捨てた記録として書き残しておく事にしました。
とっても長い文章ですので お勧めはしません。
実母は私が8歳の時に今の夫と駆け落ち同然に家を出て行った。
以後兄が亡くなり、相続の件で連絡をとるまで何の係わりも持たなかった。
連絡を取った時にはゆーたとの交流がすでに始まっており、実母から「仲良くしよう」と言われたとき私の心にあったのは ゆーたにおじいちゃんとおばあちゃんが出来る だった。
実母がしたことを、実母の夫がしたことを 私は ゆーたを受け入れてくれるなら…全て自分一人で飲み込んでしまう事を選んだ。
実母の夫が駆け落ちの相手である事は知っていたし、父との間に諍いがあったことも知っていたが、知っている事を実母とその夫に告げることはしなかった。
最初は気を使っていた実母の夫だが、2年が経過するあたりになると変わってきた。
一年前に実母が癌の手術を受けた時に、溜まっていたものが噴出したのかもしれない。
実母の手術と術後に付き添うために一週間 私一人で実母のところに滞在した。
私としては実母の看護のために行ったつもりだったが、実母の夫は自分の身の回りの世話を実母に代わって完璧にこなすことを期待していた。
これが私には どうにもやりきれないくらい 苦痛だった。
私と家族の家庭を壊した人の世話を どうして? 要求するの?
2年余りの間の様子から私が何も知らないとでも思ったのだろうか。
実母の夫は、自分たちがいかに仲の良い夫婦だったかを繰り返し私に言い聞かせた。
その上で私たち夫婦を批判した。
「あの男(私の夫)は駄目だ。つまらんヤツだ」
(私の夫は余所の家庭を壊すような事はしません。私にとってはあなたよりずーっと上等な人です)
「私にはとても優しい人です。欠点が無いとは言いませんが、いいところもたくさんあります」
「10年後が不安だから面倒を見て欲しい」
(あなたには実娘がいるじゃない、私とあなたは他人です)
「10年後なんて自分が生きているかどうかも分かりませんから、そんな約束はできません」
( )内は心の声だが、私の受け答え、身の回りの世話を最低限しかしなかったことが気に入らなかったんだろうと思う。
不快感を表すことは抑えたし、実母の看護は充分にしたので 私としてはとやかく言われる筋合いではないと信じている。
その後、年度末に過労死するかと思うほどの忙しさが一段落してから 実母にその後の体調を尋ねる電話をした。
「良くはない」という返事。
良くない というのが気になってゴールデンウィーク前に連絡を入れ「手伝いに行こうか?」と訊いたが「どこにも出掛けずに家で寝たり起きたりしているので、気を使いたくないから来なくていい」と言われた。
夫と相談して様子だけみてすぐに帰ろう ということになり、何かあったら連絡をお願いするつもりで近所の方にもお土産を用意して 300キロ離れた実母のところへ出掛けた。
先ず、近所の方が集まっている公園に行った。
一番の仲良しというお友達に話をしようとすると、その場にいた男性の方から怒鳴り声が聞こえた。
「また来たのか?肝心な時に役に立たん田舎者がのこのこ何しに来た!?ずーっと田舎に引っ込んでろ!!」
明らかに私に向かって怒鳴っていたが、怒鳴られる覚えがないので この時にはまだ自分が怒鳴りつけられたのだと分からなかった。
周囲の人は何も言わない。
私はとにかくお土産を渡し、実母に何かあったら連絡を下さいね、とお願いして公園を出ようとした。
その時夫が「実母さんも夫さんもあそこにいるよ」と言う。
確かに近所の方と一緒に実母夫婦がいた。
体調が悪く、ずっと家にいると信じていたので気が付かなかったのだ。
私は実母にお土産を渡して「帰るね」と言って公園を出た。
実母は「ああ」という返事だった。
実母と別れてから自分が何を言われたのかが分かってきた。
その場にいた実母夫婦は 何も言わずに知らん顔をしていたのだという事も分かった。
実母が周囲の人に私のことをどう説明していたのか…
少なくとも自分が駆け落ちする時に捨てた娘だとは言っていないだろう。
恩知らずの役立たずで、お金の無心に来るとでも言っていたのだろう。
周囲が見かねて怒鳴りつけるくらいだから。
帰りにゆーたが喉が渇いたというので、ファミレスで休憩をとった。
座ってコーヒーを飲もうとした時、喉から嗚咽が漏れた。
どうしようもなく涙と声が出て、止まらなくなった。
ゆーたは驚いて固まってしまっていた。
夫は「連れてきて ごめん 様子を見に行こうって言って ごめん 余計な事して ごめん」
私に謝り続けていた。
それでも、暫くは実母から言い訳の連絡が入ると思っていた。
しかし、何も無かった。待っていた自分が哀れだと思う。
その後、事前に手配していたのでキャンセルも出来ずにいた母の日の贈り物が届いたという連絡が来た。
嬉しいとか、きれいだとか言っていたが途中で会話を遮って「それだけ?じゃあね」で会話終了。
父の日にも同様の贈り物が届いたはずだが、こちらは連絡無し。
そして年末、年始、相変わらず音沙汰無し。
私も連絡を取る気はない。
私にはもう母はいない。
ゆーた、ごめん。ばーちゃんにはもう逢えない。
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Re: はじめまして
コメントを有難うございます。
ソレです。
ソレが無かったら違う選択をしていたと思いますから。
ソレです。
ソレが無かったら違う選択をしていたと思いますから。
以前の記事なのに、コメントを残してごめんなさい。
(tenkakaさんのお母さんなのに悪くいってごめんなさい)
正直、もしその場に私がいたら反対に怒鳴りつけて
やったでしょう。(最初に怒鳴った近所人も含めて)
いくらなんでも会ったそうそう、怒鳴りつけるとは
失礼極まりなく、それに言葉を選べよ。お前。
(本当、ごめんなさい。正直な私の気持ちです)
と感じました。
お前こそひっこんどれ!!・・という感じです。
それに、お母さんも、お母さんです。
娘が自分の為にわざわざ遠くから来たのにも関わらず
その娘が他人に(自分が言った嘘の為)怒鳴られた
事も知らないふりをし、最低な人です。
そのお母さんが選んだ男性もお母さんに似たりよったりです。
子は親を選べないとはその通りです。
私も何度もどうしてこの親なんだ。と幼いながら
考えた時期がありました。
話がだんだんずれてきそうなので、ここらで締めるとします。
tenkakaさん、お仕事しながらご主人やお子さんがいながら、自分の親に時間を割くことは大変だったでしょう。
遠い中、立派だったと思います。それに優しいご主人だと感じました。
そして、これからもtenkakaさんたち一家をこのブログを通じて見守りたいです。
これからも、下手な文章ですがコメント残したいです。
(tenkakaさんのお母さんなのに悪くいってごめんなさい)
正直、もしその場に私がいたら反対に怒鳴りつけて
やったでしょう。(最初に怒鳴った近所人も含めて)
いくらなんでも会ったそうそう、怒鳴りつけるとは
失礼極まりなく、それに言葉を選べよ。お前。
(本当、ごめんなさい。正直な私の気持ちです)
と感じました。
お前こそひっこんどれ!!・・という感じです。
それに、お母さんも、お母さんです。
娘が自分の為にわざわざ遠くから来たのにも関わらず
その娘が他人に(自分が言った嘘の為)怒鳴られた
事も知らないふりをし、最低な人です。
そのお母さんが選んだ男性もお母さんに似たりよったりです。
子は親を選べないとはその通りです。
私も何度もどうしてこの親なんだ。と幼いながら
考えた時期がありました。
話がだんだんずれてきそうなので、ここらで締めるとします。
tenkakaさん、お仕事しながらご主人やお子さんがいながら、自分の親に時間を割くことは大変だったでしょう。
遠い中、立派だったと思います。それに優しいご主人だと感じました。
そして、これからもtenkakaさんたち一家をこのブログを通じて見守りたいです。
これからも、下手な文章ですがコメント残したいです。
Re: タイトルなし
こちらもコメントを有難うございます。
実母のことは、本当を言うとまだ心が痛いです。
親しくしている方から
「まともな親は子どもを捨てたりしない」
と言われました。
その通りだと思います。
実母の感覚はまともではないのでしょう。
だからまともに相手にする事は無いのだと
割り切ろうと思っています。
しかし、たった一つだけ
捨てられる辛さを教えてくれました。
今後に生かせそうです。
はい、これからも良かったらコメントをお願いします。
実母のことは、本当を言うとまだ心が痛いです。
親しくしている方から
「まともな親は子どもを捨てたりしない」
と言われました。
その通りだと思います。
実母の感覚はまともではないのでしょう。
だからまともに相手にする事は無いのだと
割り切ろうと思っています。
しかし、たった一つだけ
捨てられる辛さを教えてくれました。
今後に生かせそうです。
はい、これからも良かったらコメントをお願いします。
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